私の友人Mさんのこと

10月20日、静岡に住んでいた時からの友人Mさんと
渋谷bunkamuraで熊川哲也のバレエ「ドンキホーテ」を鑑賞

バレエや歌舞伎を鑑賞する穏やかな友人になれるとは、知り合った20年前には考えられなかった。

子どもが生まれる1年前にチェノブイリの原発事故

1989年夫の仕事の関係で静岡の相良町(牧之原市)に引っ越し
何にも知らないで住まいを移したところは、茶畑と美しい海と原発11キロのところだった。

彼女とは、子どもの幼稚園のお迎えの時間のおしゃべりから仲良くなった。
我が家の食事は安全なのか、添加物だけではない危険なもの
わが町の水道水は安全か  私はずいぶん勉強させてもらった。

そして原発
私は「浜岡原発に対して?」という立場で、地震と原発の学習会や集会に行く程度の活動
でも友人Mさんは「浜岡原発増設絶対反対!!東海沖地震が起きたらどうなるのか」中電に車のナンバーをチェックされるくらい浜岡に通い、声を出してきた。

彼女ほど信用できて、優しく、心細やかな人はいない。
しかし、『原発反対』っていうのは特別な色を付けられる。
地域でも別扱いの人になっていった。
私が埼玉に移る2年前くらいから、活動に疲れたと言って活動を停止させた。
理由は、自分が信じていることを一生懸命貫いてきたけれど、何にも変わらなかった・・・

7年前から50歳過ぎたおばちゃんが、少女の頃憧れていたバレエを始めた。
発表会にも出させてもらって若い人たちの中に混ざって足を上げているようだが、残念ながらお誘いがなく、チュチュを着た彼女を見ていない。
毎週金曜日、浜岡に背を向けて150線を車を走らせてお稽古に行っているようだ。

昨年3月、私たちが「静岡で起きたらどうする?!」心配していたことが現実に起こった。
[PR]
by himawari0110 | 2012-10-23 01:54
<< いやいや、失敗です!! 加藤登紀子コンサート*報告3 ... >>